藤本一平のプロフィール
生まれ
生年月日:1989年3月27日
出身地:山梨県都留市つる
出身校:谷村一小→都留一中→天理高校→早稲田大学
来歴
<〜小学生>
1989年3月、山梨県都留市に生まれる。
山間にある長生(ちょうしょう)保育園に通い、自然豊かな環境の中で身体を動かすことの楽しさを覚えていく。
1995年4月・谷村(やむら)第一小学校に入学。
2年生から少年野球チーム「谷一(やいち)クラブ」に入団。ポジションはセンター。
学校の休み時間にはサッカーやバスケットボールをよくやっていた記憶がある。一輪車も乗れるようになった。
図書館で読んだ猫の物語が印象に残っている本として挙げられるが題名が思い出せない。
<中 学>
2001年4月・都留(つる)第一中学校に入学。
硬式野球チーム「山梨都留リトルシニア」に所属。
腰の怪我で半年近く練習を休んでいた時期があった。
3年生のときに主将に。
ポジションは変わらずセンター。
天理高校の入試を受け合格するも、野球部の入部テストに落選。
この入試で、田中健太(オランダリーグ:HGC所属)と出会う。
<高 校>
2004年4月・天理高校に入学。
入試で出会った田中健太、寮で同じ階だった白鳥俊(築館中→天理高→富士大)に誘われて、ホッケー部の練習を見学したのちに入部。
入部後2年間はFW。Aチームのメンバーに入れず。
3年生になってFWからDFへとコンバートされ、試合に出場できるようになった。
インターハイ準優勝、国体3位。
スポーツ自己推薦入試で早稲田大学スポーツ科学部に合格。
<大 学>
2007年4月・早稲田大学スポーツ科学部スポーツ医科学科に入学。
早稲田大学体育会ホッケー部に入部。
3年間はFWとして出場。
3年生時に、関東春季リーグ優勝、大学王座2位。
U-21代表としてジュニアW杯(シンガポール・マレーシアの共催)に出場。
4年生時は主にDFでプレー。主将。
大学時代のゼミは内田研究室。
<浪人>
4年間で大学を卒業するが就職活動のため浪人。
内定をもらってからは母校で現役選手と一緒に練習。
ブラスティ名古屋(現在のフェニックス名古屋)に所属して試合に出場。
<社会人選手>
一般企業に就職後、心境の変化があり、ホッケー選手として第一線でプレーできる環境を模索。
2013年3月 NPO法人愛知スポーツ倶楽部の運営する「名古屋フラーテルホッケーチーム」に入部。
チームのスポンサー企業である表示灯株式会社に転職。
2013-2017年の戦績は、
社会人選手権優勝 4回
高円宮牌男子ホッケー日本リーグ優勝 3回
全日本ホッケー選手権大会優勝 2回
国民体育大会優勝 1回
また、日本代表選手としてアジア競技大会、オリンピック予選を兼ねたワールドリーグセミファイナルなどに出場。
日本代表CAP数59。
2017年末に選手引退。
<引退後>
2018年1月より表示灯株式会社にて社業に専念。
母校・早稲田大学ホッケー部の強化委員会の活動をお手伝い。
2019年5月、表示灯株式会社を退職。
2019年6月、フレッシュアンドブリッジ株式会社に入社。
おもにNPO法人マイホッケープラスの活動に従事。
キッズホッケースクール「パキラホッケースクール」のコーチやホッケー体験会の開催、記事の執筆などを担当しています。
ブログについて
2013年12月18日にアメブロを開設。
2015年9月19日にアメブロから現在のWord Pressに移転。
ホッケーのこと、日々のこと、自分自身の考えなどを書いていくなかで、みなさんの日常やホッケーシーンにおいて、なにかお役に立てたらうれしいと思っています。
最終更新日:2019.09.15